嫉妬深い恋人

〜 4 〜




「今日はイイ天気で良かったね」
「そうだにゃ〜」
「…そっスね」

土曜日は朝から良く晴れていた。
部活もそんなにハードではなく、疲れが残っていない。
不二と菊丸はリョーマを迎えに行くべく、楽しげに越前家に向かっていた。
「あ、おチビだ!」
「…え?不二先輩、菊丸先輩…」
家に到着するまで残り数メートルの所で、リョーマは家から出て来たのだ。
菊丸の自分を呼ぶ声に、ついそちらを見てしまう。
そのまま2人と顔を合わせてしまった。

不二はリョーマの姿を見て、至極ご満悦な表情になった。
「やっぱり、私服姿は数倍可愛いね」
「…本当に来たんスね」
有言実行の不二が、冗談で迎えに行くと言わないだろう。
でも、やはり嫌なのだ。
手塚と付き合い出してからは、特にその気持ちは強くなっていた。
あのふざけた父親でも、手塚の事を気に入っていた。
それはテニスが強いからだけでなく、真剣に想う気持ちが伝わるからだろう。
恋愛については、親として少なからず心配性なのだ。
たった一人の息子なのだから、幸せになって欲しいと願うのはどこの親でも同じ。
ただこの親の場合は、それを言葉にしたり、顔に出したりしないだけなのだ。


「僕達が迎え来るのは嫌だった?」
「だってさ、おチビと少しでも一緒にいたいんだにゃ」
2人の想いはすごく嬉しいけど、やはり困るって思う。
はっきり言ってしまいたいけど、その事で手塚になにかあったら、それはもっと困る。
不二の性格は温厚だが、時には冷淡で非道だ。
それはこれまでの練習や試合の中で、ひしひしと感じられた。
「ほら、早く行かないと、手塚が待ちくたびれちゃうよ」
さりげなくリョーマの肩に手をまわし歩き出す。
「…はい」
仕方なくそれに従い、リョーマ達は手塚の待つ場所へ向かった。

「ごめん、待った?」
「いや、俺も先程着いたばかりだ」
不二はリョーマの肩から手を放し、手塚に近寄る。
時計を見れば、集合時間よりまだ5分前だった。
「丁度良かったね、それなら行こうか」



「うわ〜、やっぱり、人多いにゃ〜」
まずは、ゲームセンターに入る4人。
アーケードゲームから、体感型ゲーム、クレーンゲームなど、様々な機種が所狭しと並んでいた。
「あれ、取りたいー」
菊丸が指差す方向にあるクレーンゲームは、お菓子の詰め合わせが取れる物だった。
目をキラキラさせて、「やりたい」と訴えていた。
「面白そうだよね」
リョーマも100円であの袋一杯のお菓子が取れるのなら、儲け物だと考えた。
そのゲーム機は8台あったが、並びで2台が空いているのを見逃さない。

「よし、おチビ行くぞ」
菊丸はリョーマの手を掴み、そのゲームの前を陣取った。
「よーし、がんばるぞ」
財布から100円玉を取り出し、投入口に入れる。
軽快な音楽が流れる中、菊丸とリョーマはボタンを操作する。
「あ〜、惜しい」
菊丸が操作するクレーンは、掴みはしたが上に持ち上げる最中にスルリと抜けて落ちてしまった。
「まだまだだね」
リョーマはその姿を見てから、自分もボタンを押した。
狙っているのは、その袋を縛っている紐の部分。
ここにクレーンを引っ掛ければ必ず取れる。
「…うしっ」
狙い通りにクレーンは紐に引っ掛かり、袋は宙に浮き上がった。
そして、カタンと音をさせ、戦利品が落ちてきた。

「おチビ、やったね」
大きな袋一杯に入ったお菓子を胸に抱き、リョーマは菊丸に近寄った。
「先輩は…まだっスか?」
「あと、ちょっとなんだけど…」
たった100円で取れたリョーマに対し、菊丸は既に400円を投入していた。
菊丸が狙っているのは、チョコレートの詰め合わせ袋だった。
中を数えてみると、200円相当の物が7個入っている。

「…先輩、これいいっスね」
ガラス越しに見える景品を、じっと見つめる。
「だろ?…あっ、取れそう」
「ホントだ…よし、そのまま行け」
チョコレートはクレーンから抜ける事はなく、取り出し口までやってきた。
落ちてきたチョコレートを取り出し、2人は横で見ていた手塚と不二に見せる。

「すごいね。リョーマ君、英二」
4人は近くあったベンチに座った。
リョーマと菊丸は、袋を開けて中身を確認する。
「ほい。これおチビにあげるよ」
先程リョーマが見ていたチョコレートを、菊丸は惜しげも無く渡す。
「ありがと。じゃ、これあげる」
自分が食べたい物だけ取ると、残りを菊丸に渡す。
「うわっ、こんなにいいの?」
リョーマが袋から取り出したのは、ほんの数個だった。
「うん。別にこれだけあればジューブン」
早速その1つを開けて、食べ始める。
「越前、これに入れておけ」
2人の子供のようなやりとりを見ていた手塚は、目に入った物を取りに立ち上がり、それをリョーマに渡す。
「あっ、ありがと…」
それは店内に備え付けてある、景品を入れる為の袋。
その袋に持っていたお菓子を入れて、また食べ始めだした。
「ねぇ、それを食べたら、アレやらない?」
不二は奥の方にある対戦型ゲームを指差している。
「うん、いいね」
「よ〜し、負けないぞ」
対戦型と聞いて張り切るのは、やはりリョーマと菊丸の2人だった。
「それじゃ、やりましょうか」
食べ終えた袋をゴミ箱に捨て、リョーマは3人に言う。
「俺がやる〜」
菊丸は、「はいはい」と手を高く上げて立ち上がった。
「まず、リョーマ君と英二が対戦だね」
不二の一言で、初戦の対戦相手が決まり、そのまま2人はそのゲーム機に向かい走っていった。
「本当に子供だね」
不二は満面の笑顔で2人を見送った。
手塚はここにいても仕方が無いと、その対戦を見ようと立ち上がる。
「…ねぇ、手塚」
立ち上がる手塚に、不二は唐突に話し掛ける。
「何だ?」
未だ立ち上がろうとしない不二を不審に思い、もう一度その場に座り直す。
「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?
2人を見送った時の笑顔を一変させ、キツイ視線を手塚に向けた。
その視線は、「誤魔化しは利かない」と訴えている。

「一体何なんだ?」
眉間に皺を寄せ、不二の顔を見る。
「君とリョーマ君はどういう関係なの?もしも、先輩と後輩の関係って言うのなら、僕の邪魔をしないで欲しい」
これこそが今回の不二の企みだった。
手塚にリョーマとの関係を聞きだそうと誘ったのだ。
不敵な笑みを浮かべる不二から発せられた言葉に、手塚は息を飲む。

この男も自分と同じ想いをリョーマに抱いている。
わかってはいたが、こうして正面から言われたのは初めてだった。
不二も想いは、紛れもない本物だ。
ならば、自分も隠さないで本音を伝えなくてはいけない。
不二の顔から視線を外さすに、手塚は言葉を紡ぐ。
「…俺は、俺達は付き合っているんだ…本気でな」
自分達の現状を、しっかりと不二に答えた。
初めて出会ったコートの中で、不二も手塚も、もちろん菊丸も、リョーマの輝く魅力に惹かれていた。
そして3人の想い人は、いつしかその中の1人にだけ、特別な想いを抱いていたのだ。
「やっぱり、そうなんだ」
リョーマが自分達から逃げるようになってから、手塚の行動がやけに目に入るようになっていたのを感じていた。
学校内では、良き先輩としていたが、実際は恋人同士だったのだ。
騙されていたとしても、リョーマを責める気にはならない。
むしろ、見抜けなかった自分に怒りがこみ上げる。

「…でも、これではっきりした」
目線を手塚から、少し先にいるリョーマに替えた。
「僕は一度欲しいと思ったら必ず手に入れる、絶対に諦めない。例え、恋敵が君だろうとね」
切れ長の目を開き、横目で手塚を睨むと、そう公言した。
それに対し、何か言おうとした手塚を遮り、不二は更に言葉を続ける。
「でも君相手なら、簡単そうだね」
本気だったら、僕達と一緒に来たりしないだろう。
学校内だって、あんなにベタベタとくっつく僕達を、そのままにしないだろう。
それとも単に、恋愛の本当の意味がわかっていないかもしれない。

不二の考えは、今までの『手塚国光』からの判断だった。
手塚はその言葉を聞くと、不二と同じようにリョーマを視線に捕らえた。
「…俺が本気だったら、越前はここにはいないだろうな」
それだけを言うと、手塚は立ち上がり、菊丸とリョーマの元へ向かう。
不二は疑問に満ちていた表情で、手塚の後ろ姿を眺めていた。
「…どういう事なのさ?」
不二の問い掛けは手塚の耳に届いていたが、あえて答えを出さなかった。


手塚のリョーマに対する想いは、誰にもわからない。
出来る事なら誰の目に入らないように束縛して、自分しか目に入らないようにしたい。
窓はいらない。
景色も要らない。
テレビもラジオも何もない部屋に、白いベッドだけを置き、リョーマと2人きりで過ごしたい。

聞こえるのは、お互いの声と息づかい。

そして、胸の鼓動だけ。

それ以外は何も要らない。

こんな想いを抱いているのを、リョーマは知らない。
伝えたら、どうするだろう?
自分から逃げ出してしまうかもしれない。
でも、もう駄目なんだ。
逃がしはしない。


不二の想いを聞いた手塚の中では、何かが蠢いていた。




嫉妬深い恋人 第4話です。
不二のリョーマへの想いを恋敵である手塚へ話したお話でした。